あらすじ
軍の南部地区の環境調査を命じられた父スティーヴの、新たな赴任地へ移動するため長距離を車で移動しているマーロン一家。
娘のマーティーは、父親が運転する車内で6歳の弟アンディとまま母キャロルとの長旅に、息苦しさを募らせていた。
途中給油のために立ち寄ったガソリンスタンドで、車を降りたマーティーはトイレに入ると突然現れた軍服姿の男に口を押さえられる。
男は
「やつらはそこにいる、至る所にな。寝ている間に襲うんだ、逃げないと餌食だぞ」
と告げる。
慌ててトイレを飛び出したマーティーだったが、銃を持った店員と家族で再びトイレに入るが既に誰もいなかった。
夕暮れの中やっとフォート・デイリー米軍基地に到着した一家は、指定されたC地区に並ぶ住宅街の一軒の家へと入っていった。
その家には2階に寝室が2部屋しかなく、キャロルに弟と一緒に使ってと言われたマーティーは、ふてくされて外に出て行く。
あてもなく歩いていたマーティーは、「ここは立ち入り禁止だ」と呼び止められ、兵士4人に取り囲まれる。
そこに賑やかに音楽を流しながら1台の赤い車がやってきてマーティーの前に止まると、運転していた若い女は「乗りな」といい、マーティーを乗せてその場から走り去る。
父親がこの基地の大将だというジェンと、すぐに意気投合するマーティ。
翌日家へ突然4人の兵士が訪ねてくると、博士の荷物だといい段ボール箱を家の中に運び入れる。
出迎えたマーティーは、兵士たちが運び終わり出て行ったと思い2階へあがると、寝室に一人の女性の兵士が入り込んでいるのに気がつき驚く。
一方保育所で絵を描いているアンディーは、他の子供たち全員が同じ真っ赤な内蔵のような不気味な絵を描いていることに恐怖する。
その夜、目が覚めたアンディーは隣の寝室へ入り、ベッドで横になるキャロルに「ママ」と声をかけ近づくと、いきなりキャロルの体がしぼみ砂と化すと、泣き叫ぶアンディーの目の前に押し入れの中から裸になったキャロルが現れる。
驚いてその場から逃げ出したアンディーは、一階にいたスティーヴに「ママの頭が取れて死んだ」と叫ぶ・・・。
作品データ
- 製作年/製作国/上映時間:1993年/アメリカ/87分
- 監督:アベル・フェラーラ
- 脚本:トム・バーマン
- 原作:ジャック・フィニイ
- 音楽:ジョー・デリア
- キャスト:ガブリエル・アンウォー/メグ・ティリー/フォレスト・ウィテカー/テリー・キニー
レビュー
ジャック・フィニー原作の「盗まれた街」を映画化した56年のドン・シーゲル監督作「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」、そして78年そのリメイク作品「SFボディ・スナッチャー」からさらに3度目の映画化となったアベル・フェラーラ監督作『ボディ・スナッチャーズ』をDVDにて鑑賞する。
最初に映画化されたモノクロの「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」はいまだに未見なんだけど、続くドナルド・サザーランド主演、フィリップ・カウフマン監督作「SFボディ・スナッチャー」のラストの衝撃はいまだに印象に残っている。
そのリメイクとなった本作が日本では劇場未公開だったということで一抹の不安はあったが、題材が宇宙人の侵略ものという興味をそそるものだったので、やっぱり観てしまった(^^;)
従軍研究者の父親の仕事の都合で南部の米軍基地へ引っ越してきたマーロン一家。
穏やかに暮らしていたある夜、目が覚め隣の寝室に入っていった息子アンディーが、突然体はしぼんで崩れていく母親の姿と、押し入れから現れる母親を見てしまう。
母親が死んでしまったと騒ぐアンディを、父親も姉マーティーも夢でも見たんだと慰めるだけだったが、ある日バスルームで湯に浸かっているうちに眠ってしまったマーティーは、天井裏から降りてきた謎の触手に襲われる。
寸前で目を覚ましたマーティーが慌てて顔にまとわりつく触手を剥ぎ取ると、天井を破ってマーティーとまったく同じ姿をした物体が落ちてくる。
バスルームを飛び出したマーティーはすぐに父親の寝室に駆け込むが、既に父親にも謎の触手が顔を覆っていた・・・。
オープニングすぐ沼地の間を横切るハイウェイを走る車に乗った主人公マーティーの、こんなセリフから物語はスタートする。
”「世の中には到底理解できないことが起こるものだ。物事には訳がありその訳が好ましくなくても」”
もうこの時点で、前作の「SFボディ・スナッチャー」を観ていたこともあり、早々にバッドエンドを予想してしまう(^^;)
ただキャストをはじめあまり制作費が掛かってないB級テイストの作品だったが、とにかく眠っているという人が一番無防備な状態でいる時を狙って、宇宙人が体を乗っ取ってしまうというこの発想が秀逸で、ラストまで飽きることなく一気に見ることができた。
まあそれも主人公のマーティーを演じた当時23歳のガブリエル・アンウォーのフレッシュな魅力に依るところが大きいかも(^^)
さらにたぶん今なら乗っ取られる場面はもっとぐちゃぐちゃのグロいシーンになってたと思うところも意外にシンプルな描写に。
さらに登場人物たちの関係もサラッと描かれており、とにかく全体が軽い感じで演出されていて、まあ普通に観れるレベルの作品には仕上がっていた。
ただこのアベル・フェラーラ監督のライトな演出は、複雑な家庭環境の中で鬱屈しているティーンエイジャーを主人公にしていることもあり、すべての登場人物たちの関係がギクシャクしているうえに、個々の人物設定が薄いため、主人公以外のキャラクター達に想いを乗せられないという事態に。
本作を観てる間ずっとここをこうすればもっと良かったのにという、もやもやとした惜しい気持ちに。
そして設定が似ている「遊星からの物体X」のカーペンターやデヴィッド・フィンチャーが監督してたら、いったいどんな作品になったんだろうという想いが止まらなかった(^^;)
この作品の肝は一体誰がもう体を乗っ取られてるのかと疑心暗鬼に陥るところであり、身近な人が犠牲となってしまう衝撃と悲しみをいかに味合わされるかだったと思う。
なのでこの登場人物のだれにも感情移入出来ないところに、この肝を重ねても盛り上がりはそこそこになっちゃうんだよねえ、残念。
そんななか監督の意向を無視し、一人感情を高ぶらせて演じていた俳優がひとり。
フォレスト・ウィテカーの迫真の演技が作品の空気から浮いたようにどこか空々しく、まあ気の毒で仕方なかった(笑)
DVDにメイキングが収録されてなかったので、作品のテーマが監督から語られることはなかったが、このフォレスト・ウィテカー演じる軍医を追い詰める侵略者が語った言葉が、強く印象に残った。
”「我々を素直に受け入れれば争いも葛藤も終わる。大切なのは種族だ、個々ではない」”
勝手に社会主義や共産主義の、すべてが国に管理された平等と呼ぶ社会をイメージしてしまった。
07年にはニコール・キッドマン主演で、4度目の映画化となった「インベージョン」が公開されている。
この作品もまだ観てなく、ちらっとあらすじだけ読んでしまったが、設定がまったく別ものに変わっていて、評価はそれほどでもないがやはりちょっと観てみたいかも(^^)
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