
あらすじ
ブータンの首都ティンプーで、祖母とふたりで暮らしているウゲン(シェラップ・ドルジ)。
朝寝ているところを祖母に「役所に呼ばれてるんでしょ」といって起こされたウゲンは、「たぶん教師は続けないと思う」と答える。
役所にやってきたウゲンは、長官から5年の義務期間の4年目を向かえて尚ここまでやる気がない教員は珍しいと叱責されるが、この4年で自分は教員に向いていないことが分ったと答える。
それでも教師として働く義務期間があと1年残っているのでと、長官はここへ行くようにとウゲンに書類を渡す。
書類には世界でも一番の僻地ともいえるルナナ村とあり、自分は標高が高いところへ行くと高山病になるとごねるウゲンに、長官はつべこべ言わずに行きなさいと命じる。
バスに乗り込んだウゲンは、見送ってくれた恋人や友人たちに「すぐ戻る」と別れを告げ出発した。
緑鮮やかな山々と谷間を走り抜けていくバスの中、ひとりイヤホンで音楽を聴きながら眠るウゲン。
やがて日も落ち、真っ暗になったガザの町にバスは到着した。
他の乗客に続いて降りたウゲンにすぐに声をかけてきた男は、村長の代理で迎えに来たミチェン(ウゲン・ノルブ・へンドゥップ)だと名乗り、「村中が楽しみにしている」とウゲンを歓迎する。
翌朝、2頭のラバを引いた案内役の男シンゲとミチェンの3人で、ガザをルナナ村に向けて徒歩で出発したウゲンたち。
「道はきつい?」と問うウゲンに、ミチェンは「最初の六日間は川沿い、それから少しだけ上り坂、でもその後の景色は最高ですよ」と答える。
森を抜け険しい山坂を登り川を渡り、一週間以上を歩き続け人口65人のルナナ村に到着したウゲンだったが、電気もなく寒々とした何もない部屋を見て、「自分には無理です、すぐにでも街に帰りたい」と、村長に今の気持ちを打ち明ける・・・。
作品データ
- 製作年/製作国/上映時間:2019年/ブータン/109分
- 監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
- キャスト:シェラップ・ドルジ/ウゲン・ノルブ・へンドゥップ/ケルドン・ハモ・グルン/クンザン・ワンディ
- 公式サイト:『ブータン 山の教室』公式サイト
レビュー
実在するブータンの僻地の村ルナナを舞台に、都会から渋々赴任してきた若者と、そこに暮らす子供たちや住人達との交流を描いた、パオ・チョニン・ドルジ監督作『映画『ブータン 山の教室』をPrime videoにて鑑賞。
本作は第94回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートを始め、世界各国で絶賛された作品。
ブータンの首都ティンプーで祖母と暮らすウゲンは、教師として義務期間残り1年を迎え、期間終了後は歌手としてオーストラリアへ行くことを夢見ていた。
ただこの4年、自分に教師は向いていないとやる気を見せないウゲンは、上司にブータンでも秘境と呼ばれる僻地にあるルナナ村への赴任を命じられ、何日も歩き続けやっと到着したルナナ村だったが、電気も物も何もない環境に愕然とする。
すぐにでも帰りたいと泣き言を言うウゲンだったが、村にやってきた先生に喜ぶ子供たちや感謝する村人たちの、屈託のない生き方と優しさに、次第に温もりを感じていく・・・。
まずオープニングで、遙か遠くまで連なるエベレストの山々を望み、丘の上で歌を歌っている女性のシーンが映し出され、その雄大な美しい景色に心を奪われる。

ブータンの山々の奥深く標高4800mもの高地に実在するルナナ村で実際に撮影を行い、劇中に登場する村人たちもルナナに暮らす人たちを起用し、まるでドキュメンタリーのようなリアリティでドラマは進んでいく。
そこは電気も水道もなく、寒さや雨風をしのげるだけの最低限の作りの家屋や、火を起こすのに紙の代わりにヤクのフンを使ったり、質素な食事など、時代とかけ離れた過酷な環境があった。
始まってずっと態度の悪いウゲンに不快にさせられてきたが、さすがにこれは大変だ同情してしまう(^^;)
ただ一刻も早く村から立ち去りたかったウゲンだったが、村長を始め村人たちの温かさと、純粋に「歌手になりたい」や「先生になりたい」と夢を語る子供たちと接するうちに、次第に心を動かされていく。
ここで特筆すべきは、子供たちのなかでクラス委員をしているペム・ザムという少女の存在。
その大きな瞳に宿る汚れなき輝きに、天使のような笑顔は、観ているだけで心が洗われていく。
公式サイトに、撮影当時彼女は実際にルナナ村に役と同様の環境で祖母と二人きりで暮らしていたとのことだったが、他の子供たちと明らかに違う髪型や垢抜けた笑顔は、正直信じられなかったが(^^;)
教師としての自覚がなかったウゲンは、「先生は未来に触れることが出来る」という生徒の言葉に、子供たちを夢へと導く教師としての意義とやりがいを感じ、さらに誰かから必要とされることの喜びを感じていく。
また、美しい声で山々の神に「ヤクに捧げる歌」を聴かせる同世代の女性セデュに出会い、日々お互いを意識する存在になっていく。
図らずも思いがけない場所で、生きがいと喜びを感じていくウゲンは、いつしか今ここにある幸福を噛みしめる。
そしてそれを観ている自分も、ルナナの大自然に包まれたように幸せな気分に浸っていった。
”幸せの国”と呼ばれるブータン
今この現代社会を生き、物に溢れ何不自由なく暮らしているものたちにとって、ルナナの余りに過酷な環境は、まずここで”幸せの国と呼ばれるブータン”の、この”幸せ”ってなんだろうと、本作を観ながら考えることに。
外の世界から隔絶された村に生きる村人たちの、リアルにそこで暮らしているシーンを観ているうちに、彼らの気持ちがなんとなく伝わってくる。
そこには物欲も金欲もなく、ただ大自然から与えられる恩恵を享受し、今この時を生かされていうことに感謝する村人たちの、貧しくてもそこに恵みと幸福を感じながら暮らしている姿があった。
そしてそこで暮らす子供たちや大人たちは、都会からやってきた若い教師に、素直に優しさと感謝の気持ちを与える。
公式サイトを読むと、パオ・チョニン・ドルジ監督の作品が描くテーマも、まさしくここにあり、ネットやテレビの普及により、外の世界とつながることで、自然を慈しむ心や、人を思いやり助け合うブータンの文化が、失われていくことへの警鐘だったようだ。
ただ、子供たちとの愛おしい日々は、村に冬が訪れ雪で覆われる前に山を下りなければならない時を迎える。
【ここからラストまでネタバレ】
別れを悲しむペム・ザムと、いつまでも待っているというセデュに後ろ髪を引かれつつも、村長が想いを込めた”ヤクに捧げる歌”を聴きながら、ウゲンは村を去って行った。
時は流れ、舞台はウゲンが夢見ていたオーストラリアへと移る。
シドニーのクラブ、大勢の客が賑わう中ウゲンの歌声が聞こえている。
ステージでギターを弾きながら「ビューティフル・サンデー」を歌っているウゲンだったが、自分の歌を客たちは話に夢中でだれも聴いていない様子をみて、突然演奏を止める。
静まりかえる店内に、バーテンダーの「ちゃんと歌え!」という怒号が響く。
ウゲンはポケットからメモを取り出すと、セデュとふたりで練習したあの日の「ヤクに捧げる歌」を、静かに歌いはじめる・・・。
村を離れるシーンから、ラストは絶対にルナナ村に帰ってくると思っていたのに、ウゲンはオーストラリアへ行っていた。
もう村を離れるシーンで、既に私の頭の中はこんなシーンがくっきり浮かんでいたのに。
春になり雪解けを待って、ウゲンはルナナ村に戻ってきた。
遠くで手を振るウゲンを見つけたペム・ザムと子供たちは一斉に駆け出す。
それを優しく笑顔で見ている村長にミチェン。そしてセデュ。
そんな期待していた温かいラストではなかったので、見終わった後はちょっとガッカリしてしまった(^^;)
ただしばらくすると、あのじわじわとくる切ないエンディングに、あれもありだったかな、なんて思い直す。
シドニーのクラブで歌っていたあの場面で、ウゲンはやっと自分がいるべき場所はあのルナナ村なんだということが分ったんだよね。
見終わった後もしばらく、頭の中で遠くに広がる山々の雄大な景色の映像に、セデュの美しい歌声が響いていた。
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