あらすじ
1953年、大戦後間もないイギリス・ロンドン。
通勤ラッシュで大勢が立ち並ぶ駅のホームに入ったピーター・ウェイクリング(アレックス・シャープ)は、離れた先にいた同僚たちを見つけ駆け寄っていく。
「今日からよろしくお願いします」
この日が初出勤となるピーターは、ロンドン市役所の先輩職員ミドルトン、ラスブリッジャー、ハートら3人と握手を交わすと、「人手不足で待ってたよ」と言うハートに、ピーターは「2週間後には力になれる」と答えるがスルーされる。
気まずそうなピーターに、ラスブリッジャーは「通勤の決まりで冗談や笑いは禁物なので気にするな」と言われる。
そこへ煙を上げゆっくりと汽車がホームに入ってくる。
車内でも言葉を交わさない先輩らにとまどうピーターは、初日は誰でも緊張するので気にするなと言われるが、ミドルトンから本当に君が案じるべき相手はウィリアムズ課長だと言われる。
次の駅のホームで、山高帽を被り、ピンストライプのスーツを着て立っていたウィリアムズ(ビル・ナイ)を確認すると、お互いが窓越しに帽子に手を当て挨拶を交わし、彼は自分たちのいる車両には来ず、いつも別の車両に乗ると言われる。
駅についてもウィリアムズは挨拶を交わすと一人歩きだし、ついていこうとするピーターは制止されると、その後ろを一定の距離を空けて先輩達と並び役所へと入っていった。
市民課の課長ウィリアムズをはじめ、黙々と書類に目を通し作業を進めている同僚たちの中、自分の机に山積みにされた書類を前に手持ち無沙汰なピーター。
そんなピーターに、向かい側の席に座っていたマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)は、忙しいふりが出来る”山は高く”が最初のルールよと笑う。
そこへ下水にまみれ荒れ果てた空き地を公園にして欲しいと、チェスター通りの3人の婦人たちが陳情に訪れてきた。
ウィリアムズは対応にミドルトンとピーターを指名する。
公園課・都市計画課・下水道課とたらい回しにされ、市民課に行くように言われた婦人達に、ミドルトンはウィリアムズの指示で、これは公園課の案件なので、ピーターを同行させるのでそちらに行くように言う。
その後ウィリアムズは残った職員たちに、自分は今日早退させてもらうと告げる。
ピーターは婦人たちに同行して公園課・都市計画課・下水道課と移動するが、陳情書は受け取ってもらえず、結局市民課の案件だと言われ戻ってきた。
ウィリアムズはそれは違うが支障はないので預かろうといい、陳情書に目を通すこともなく山積みの書類の中にしまった。
しばらくして役所を出たウィリアムズは、病院へやってきていた。
待合室で名前を呼ばれ診察室に入ったウィリアムズに、医者は検査結果が出たと伝える。
「残念だが確定した」
といい、ウィリアムズに末期ガンで余命半年だと宣告する・・・。
作品データ
- 製作年/製作国/上映時間:2022年/イギリス/102分
- 監督:オリバー・ハーマナス
- 脚本:カズオ・イシグロ
- 原作:黒澤明/橋本忍/小国英雄
- 音楽:エミリー・レビネイズ=ファルーシュ
- キャスト:ビル・ナイ/アレックス・シャープ/エイミー・ルー・ウッド/トム・バーク
- 公式サイト:映画『生きる-LIVING』公式サイト
レビュー
1952年の黒澤明監督の名作「生きる」を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロ脚本でオリバー・ハーマナス監督がリメイクした『生きる LIVING』をPrime videoにて鑑賞。
まずこの伝説のような大傑作をリメイクしようと挑んだスタッフ・キャストの勇気と熱意も然る事ながら、とんでもないプレッシャーの中、見事第95回アカデミー賞で主演男優賞・脚色賞ノミネートをはじめ、数々の映画賞を受賞する。素晴らしい!
真面目にただ淡々と役所勤めを続けてきたウィリアムズは、ある日医者から末期ガンであることを告げられる。
さらに余命半年であることを宣告されたウィリアムズは、そのことを息子に伝えようとするが上手くいかず、突然役所を無断欠勤するとリゾート地へと向かい、そこで出会った劇作家サザーランドと夜の盛り場を飲み歩く。
しかしウィリアムズの心は何も満たされず、翌朝バーリントン・アーケードへと戻ったウィリアムズは、偶然部下だったマーガレットと出くわす・・・。
代わり映えのない日々を過ごしていくことで、少しずつ心が麻痺し、気づかないうちに感情や人生の情熱さえも失っていったウィリアムズ。
突然医者から余命宣告され、改めて自分を見つめ直しときに、初めて失ったもの大きさを知り呆然とする。
そして自分に問いかける。
”生きるとはどういうことか”
誰もが向かえる人生の終焉を前に、諦めて手放したものを想いただ後悔するのか。
自分なら余命半年と宣告されて何を思うだろう。
やはり残りの人生を悔いなく謳歌するために、映画「最高の人生の見つけ方」のモーガン・フリーマンのように、死ぬまでにやりたいことをリストアップして快楽を追い求めるだろうか(^^;)
本作の主人公のウィリアムズは、かつての部下だったマーガレットのひたむきに生きる姿に輝きを見て、若い頃に抱いていたなりたかった自分を見出す。
時間や環境によって次第に見失ってしまった自分自身のアイデンティティを見出す。
図らずも余命半年となったときに、本当の自分はどんな人間で、どんなことがしたかったのか、自分自身に問いかけることになったウィリアムズは決断する。
失ったまま死んでいくのは嫌だと、自身が一生を賭けて、ライフワークとして続けてきた仕事は意義あるものだったんだ、誇れるものだったんだと、自分自身に最後は胸を張れるようにと誇りを持って打ち込むことで、今を生きるということを見出す。
【ここからネタバレ】
自分が最後にやるべきことを悟ったウィリアムズは役所に戻ると、チェスター通りのファイルを手に取り、土砂降りの中市民課の職員全員を引き連れ、現地へと向かう。
ただ映画はここで、突然ウィリアムズのお葬式のシーンに変わる。
そして悲しみに暮れる人々を映し出した後に、また最初と同じ通勤列車の中で、ピーターたち4人の市民課のメンバーたちが、ウィリアムズについて語り合うシーンへと移る。
ここからの演出が最高で、4人の会話とウィリアムズの回想シーンが、時間軸を変えながら巧みに構成され、ウィリアムズの最後の生き方と、そんな彼に4人それぞれが影響を受け変化が生まれてくる姿に胸を熱くさせられる。
さらにさりげなくピーターやマーガレットという次世代の若者にその意志は受け継がれ、新たな人生に踏み出す二人の姿に、幸せを感じる。
そしてラストは達成感に満たされ、幸せの中しっかりとブランコに乗ります(^^)
見終わった後、これが”感嘆のため息”というものかという大きな息を吐き、あまりに素晴らしい感動を受けた私は、次の日にすぐに2回目を観ることに(^^;)
ここで初めて告白するが、私は黒澤明監督の「生きる」を、実は未だに観れてないのだ(^^;)
唯一目にしたのが、志村喬さんがブランコに乗りながら「ゴンドラの唄」を歌っているシーンだけ。
まあ言い訳ではないが、このオリジナルを全く観てなかったこと自体が奇跡的であり、それによって本作をより一層感動的に味わうことが出来たという奇跡をも感じた(思いっきり言い訳だけど)
さあ、次はオリジナルを観ようか!
あと、本編の中でウィリアムズが、夜の盛り場を飲み歩いているときに、歌を披露するシーンがあるんだけど、ここもねえ、名シーンだった。
スコットランド民謡の『The Rowan Tree』(邦題は「ナナカマドの木」)という歌で、幸せだった頃の風景や懐かしい人々に想いを馳せるっていう歌詞で、その哀愁が伝わってくるメロディに、自然に涙が頬を伝っていた。
すぐにiTuneでサントラ盤を探し、『The Rowan Tree』をダウンロードして、今も聞きながら書いてて泣きそうになっている(^^;)
オリジナルのビル・ナイが歌っているものではなかったが、透明感のある女性の声がスコットランドの雄大な景色に広がっていく様に響き渡る歌も素晴らしいです。
自分らしさというもの、自身のアイデンティティというものを、もう一度見つめ直し、自分はしっかり生きてるのか、なんて普段絶対に考えないようなことを、真剣に考えさせられる作品だった。
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